12/9群馬・太田金山(おおたかなやま・・・大光院から往復)

2007(H19).12.9(日)晴れ

 まだ長丁場は無理なので、里山巡り山行には丁度いい山となると、七年ぶりの太田金山(おおたかなやま)が浮かぶ。冬晴れの北関東、半日の里山歩きを楽しむに手頃な場所だ。ハイキングコースとして幾つかあるが、今回はメインコース、万が一の際には車の救援も容易な大光院(呑龍(どんりゅう)様)から新田神社の山頂への西山コース登り、帰路は親水公園・金龍寺経由の周回ルートとなった。

群馬県お馴染みの上毛かるたに「太田金山 子育て呑龍」ともある。

太田金山城の参考HPはこちら

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「里山を歩く100コース」(上毛新聞社)より
 金山丘陵は太田市街地の北に位置し、山頂には新田義貞を祭る「新田神社」がある。標高こそ223mと低いものの、関東平野から筑波・日光・上信越・西上州・秩父まで望む事ができ、標高1000mクラスの展望が得られる・・・
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(以下、ネット情報より)

 群馬県太田市は、県東部の工業都市。利根川を挟んで埼玉県と隣接し大光院(呑竜さま)の門前町としても有名で、富士重工(中島飛行機)発祥の地。町のシンボルは金山で、大光院と富士重工間の山道で山の中腹まで車で登れる。近年、金山にあった戦国時代の山城が調査され遺跡公園になっている。

 「呑龍様(どんりゅうさま)」の名で広く知られている大光院(だいこういん)は、金山南麓にある浄土宗の寺院で、正式には義重山新田寺大光院。慶長18年(1613)に徳川家康により、その祖とした新田義重追善のため、寺領300石で呑龍上人(どんりゅうしょうにん)を開山として創建。呑龍は生活困窮者の子供を弟子として引き取って養育、その高徳により現在も「子育て呑龍」として厚い信仰を集めている。

 群馬の上毛カルタの「お」の読み札は 「おおたかなやま こそだてどんりゅう」、「れ」の読み札は「れきしになだかい にったよしさだ」で、新田義貞は群馬県のヒーローである。

 江戸時代に金山は幕府直轄の御留山(おとめやま)「金山御林(かなやまおはやし)」として、「御林守(おはやしもり)」が置かれ、立ち入りが厳しく制限されていた。寛永6年(1629)から慶応3年(1867)までの間、毎年秋になるとアカマツ林から産出する松茸を運ぶ行列が仕立てられ、将軍家へ献上された。将軍家に対する松茸の献上は金山のみで行われていた。なお、明治以降は皇室に献上され、昭和39年(1964)まで続く。

 昭和26年(1951)に松風峠、昭和36年(1961)には「金山ドライブウェイ」が共に失業対策事業により開通し、金山へのアクセスが容易となったが、一方で比丘尼坂筋違城門(びくにざかすじちがいじょうもん)などの金山城遺構が一部破壊された。

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コース:大光院(呑龍様)→モータープール下の東屋→モータープール(駐車場)→月の池・日の池→山頂(新田神社)→モータープール下の東屋→親水公園前車道→金龍寺→大光院


呑龍公園脇、道路をはさんだ隣の舗装大駐車場は、閑散としている。
車を公園脇の未舗装駐車場に移動し準備出発。

AM9:40発。「野良猫の餌やり禁止」「猫の持ち込み禁止」等々立て看板が目につく。
以前野良猫が沢山いて楽しかった思い出があったが、今はそうではないようだ、呑龍公園の小動物園も無くなっている、残念。


※コース中には立派なコース案内があるが、大光院境内にはなくコース入口が分りにくいのは、ハイキング客には境内の駐車場の利用を遠慮して下さいということなのだろう。

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コース入り口は、二箇所ある。
正面の本堂と左手の開山堂をつなぐ回廊の下をくぐって、奥の呑龍上人の墓の右手。
また、山門(吉祥門)をくぐってすぐ左手の戦没者慰霊碑・立派な石塔の裏からも登れるが、回廊の下の方がよく歩かれているようだ。


境内右側、開山堂と本堂を結ぶ回廊の下をくぐり、「西山ハイキングコース」の道標に従って進む。
紅葉の落ち葉掃除の人
石段を登ると呑龍上人の御廟前に出る

舗装駐車場の道路上部に出る

AM9:48「ハチ・ヘビなどに注意しましょう」「鳥獣保護」看板
金龍寺への分岐を左折し階段が続く

厚着の装備の着替え(ここからモータープールまで1.2キロ)

赤松林の緩斜面を登っていく
丸太階段が整備されているが、あまりに段差がきつく(10センチ丸太の二段構えが遊歩道の規定サイズ)、その脇の踏跡をたどって歩くほうが楽だ

赤松は枯れたものが多く、切り倒されてビニールを掛けられた物がアチコチに点在する
明るい赤松林の広々した道で、案内や休憩所の整備は完璧。

まず尾根まで登る。




                  ゴンズイ(ミツバウツギ科)の残り実
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                       ススキの穂が光る
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里山歩きらしい明るい赤松林
坂を登りきると案内板がある。ここを右折し山頂・新田神社方向へ行く。

この辺りも低い松林で展望は良くないが静かな尾根歩きが味わえる。

(ムラサキシジミ)シジミチョウが・・・翅の表が青紫色に輝くシジミチョウ。翅の裏面はシミが浮かんだような茶色。
この蝶があちこちで飛び回る。

青紫色の綺麗な羽を撮りたかったが、止まっているときは羽を閉じているので撮影は難しく、冴えない写真しか撮れず。・・・が、コレでも後で調べるのに役だった。
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尾根伝いに鞍部を越えると道標分岐、モータープール(駐車場)下の東屋、テルモスのコーヒーで休憩。
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真下のモミジ・ツツジ数本の紅葉が鮮やか。、こぶしのフサフサ産毛の冬芽も見られる。



                    ウメモドキの赤い実
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やや急な丸太の階段を一登りで金山ドライブウェイ終点のモータープール・駐車場にでる。

車10台ほどが駐車、展望台とトイレ・駐車場があり、太田市内・ハイキングコース案内板がある。
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展望台からは太田市内が一望できる、富士重工工場の建屋が目立つ。
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秩父の山並みも望む。金山城址の案内板がある。
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地元高校野球部のランニング数人と交差。


                        ヒメジョオンの残り花
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モータープールのすぐ上の尾根が金山城の前衛の砦、西城。
車二台が停められる空き地脇、真新しい東屋から入り、尾根に沿って歩く。
尾根通しに復元さた城址を本丸(実城)へ歩く。
この辺りから金山城趾の史跡が目立つようになる。

七年前はまだ太田市の工事中だったが、今回は、あまりにも見事に山城遺構が復元されているので驚く。
歴史的な背景を知らなくても、太田市街・赤城・榛名・浅間山と眺望もよく、良い散策コースだ。

野鳥の案内板もある、オオタカやアオバトの記述が目を引く。
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大手通路の正面土塁の上に再建された丸い日の池がある。
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手前左手の二の丸、三の丸跡には人家がまだある。

一の丸には休憩所・トイレがある。

南曲輪、御台所曲輪は尾根上の台地で、太田市街から関東平野(みかも山・加波山・筑波山)の展望がよい。

北に広い道を真っ直ぐ登り、新田神社の参道に出る。

人出で賑わう時期には臨時開業するであろう売店が軒を並べていた。今日は残念ながら開店していない。

水彩画の人が独り、キャンパスを立て製作中。

藤棚の奥、南方の展望も良い。
正面の石の階段の上に新田神社がある。

山頂の神社脇、幹の太さが約2.5mある立派な大ケヤキが目を引く。

樹齢は700年ほどらしい。脇にヤツデの花が咲く。
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石の階段を登り新田神社に出る。
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標高235m、新田神社は木に囲まれているのでそれほど見晴らしは良くない。
社の脇には明治天皇、大正天皇を始め皇室の方々が腰を降ろしたという石が並んでいる。
参拝後、参道を下り、大ケヤキの奥、藤棚の下のベンチで大休止。

AM11:20-12:20植え込みのサザンカやカエデを眺めながら、お湯を沸かしカップうどんの昼食。
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草叢にオオバジャノヒゲヤブランの紺色の実、ナス科ナス属マルバノホロシの残り花・青い実。
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山中、市内の散歩風の人・観光客・4-50人のハイカー団体等々、意外とハイカーの姿が多い。

水彩画の人の絵も、大分色が重なってきた、さすが上手だ。

一の丸の休憩所・トイレに立ち寄る。
休憩所内は、およそ6畳程の板の間とベンチが置かれている。夜間は施錠されるようだ。
最終ページまで書き込まれ落書き帳と変わった思い出ノート・投句箱もある。


帰りは途中まで来た道を戻る。

日の池そばの植え込み、オオバジャノヒゲヤブランが黒々とした鈴なりの実を光らせる。
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物見櫓へ向かい、二等三角点基準点225mを確認し、物見櫓に登る。

眼下に「ぐんまこどもの国」が見える。
さらに遠くに目をやれば榛名・赤城、足尾山塊の大展望・・・のはずが、浅間山・日光の高山などの主稜線は雪雲にやられている。

                       冠雪の赤城山
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                       黒々とした榛名山
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モータープールから急坂の下り、見晴らしの東屋にて休憩。
ここからミニ周回コースを取るべく「カラタチ沢」へ向かう。カエデ・ツツジの紅葉が綺麗。
若い松植林のジグザグ緩い下降

ノウルシの赤が目を引く。ムラサキシジミチョウ達と再会、車の音が近づく。

林の中、コースが立ち入り禁止の黄色のテープ。
仕方なく「親水公園」前の車道・広場に降りる

車道を少し歩き、墓所・レックスコンビの廃車や廃屋脇を通過。
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「金龍寺」に立ち寄る。秋の七草の「キキョウ」の寺でもあるらしい。
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参道の紅葉が見頃で美しい。
首の長い赤い涎掛けのお地蔵様二体、六地蔵
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               山門から境内に入ると、七福神
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ここからは大光院に向かって車道を戻る、十数分の徒歩

富士重工の工場脇の車道を歩く。ノコギリ屋根の工場の並びが懐かしい風景。
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呑龍公園の駐車場着
荷物を車に置いて、カメラと軽装で改めて大光院の参拝・境内散策

本殿で祈祷が行われたようで、「七五三」や「お七夜」さんの多くの参拝者・華やかな子供の姿が見受けられた。

庫裏の裏手に野良猫が一匹、しばらく猫と遊ぶ。

                   決して怒っているわけではありません
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地元の方に聞けば、公園の小動物園は確かに以前はあったそうだ。
先週は、大光院境内の大銀杏の黄葉・イロハカエデ紅葉が、とても見事だったらしい。

午後になって風がだんだん強くなってきた。駐車場に戻ると砂埃が、吹き荒れている。

上州名物「かかあ天下と空っ風」だが、冬の冷たい強風の赤城おろしと宙にまう砂埃の荒涼とした雰囲気、これが上州なんだなあ、と改めて実感した。

まさに、「北風小僧の寒太郎」・「木枯らし紋二郎の世界」・・・




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この記事へのコメント

2007年12月11日 19:21
今晩は。
ここの所歴史三昧ですね。
金山の駐車場は仕事でそちらに行った時はいつもそこで車の中で食事をしてます。足利・新田は同じ先祖を持つ親戚同士ですが敵味方に別れてしまいました。歴史は皮肉ですね。
足首はまだ良くなりませんか?。お大事に。
2007年12月11日 20:01
インレッド様、ご訪問・コメント戴き有難うございます。
 太田金山、ずいぶんりっぱになりましたね。里山となると山城が多いですね。テントミータカ隊、「時間も治療のうち」整形治療中です。こういう時でないと歩けない山もありますので、それなりに楽しんじゃおうか!と開き直っています(笑)。
2007年12月12日 22:14
大田金山の陽だまり歩きも楽しそうですね。新潟は、みぞれ混じりの悪天候が続いています。
来週の連休の山に悩んでおります。新潟の雪山はまだ早いけど、そのうちいやでも雪山に向かい合うとなると、わざわざ遠く高い山をめざす気にもなれなくて。この周辺の北関東あたりの山にでかけようかなあ。
2007年12月12日 23:26
さすらい人様、ご訪問・コメント戴き有難うございます。
 桐生・足利・太田の里山も、リハビリの身には有難い所です。身の丈にあった山歩きは、元気が湧いてきますね。丁度、季節も恵まれて。転んでもタダでは起きません?(笑)。例年なら三連休は北八つか奥秩父で雪山、年末年始の足慣らしですが、今年はどうなる事やら?。北関東おいでの際は、不確定でも良いのでご連絡いただけたら幸いです。
2007年12月14日 10:29
関東陽だまりハイク、いいですねぇ、うらやましい景色ですねぇ。
陽の光が懐かしくなったら、出かけてみたくなるような気分になるレポートでした。
出発9:40~山頂(11:20-12:20)~??。
結局のところ、車から出発して車に戻るのには、どのくらいかかるのでしょう?。
2007年12月14日 10:59
山いろいろ様、ご訪問・コメント戴き有難うございます。
 一番麓の大光院から山頂神社往復で、のんびり歩きで2時間40分です。途中のモータープールから往復で1時間30分です。太田市民の裏山散歩コースです。この冬のテントミータカ隊の山行は「のんびりリハビリハイク」がメインになりそうです。乞うご期待??